もえとは、もうええ

●人間(男性といってもいいかもしれないが)は本能的に萌え要素に反応する。抽象化された子供、女性の特性でもある。たとえば、目が大きいとか細いあごとか、小ささとか。だから、犬や「りす」でも人間ではないがかわいがったりする。かわいいという感情は、かなり性的衝動と混同しやすいが、かならずしも性的なものに関係しない。もちろん、萌え要素には性的なものもある。胸や腰が大きい、手足が細長い、ぼっちゃり感(脂肪の感覚)とか。「萌え」というのは、かわいいという感情、または性的感情が特にアニメ風の絵、フィギュアに向かうときにいうのだろう。アニメにおいて実物の子供、女性でははっきりしなかった萌え要素の特徴がデフォルメされて誇張される。ありえないような目の大きさとか、ピンクの髪の色とか、つくり声とか。言い換えれば、アニメキャラは現実にはありえないことが多い、誇張され抽象化された萌え要素の集合体である。アニメが見やすいのは、萌え要素などのポイントが強調され、雑多な要素は切り捨てられるからだろう。輪郭にはっきりと線がある。色調も明るいところと、影の二種類(もっとあるのもあるが)しかない。
○ここで不思議なのは、「鼻」でアニメではほとんどない場合が多い。逆に、美容整形など、現実では鼻を高くしようと必死だ。小さい鼻というのは、子供の特徴であるし、かわいい萌え要素としておかしくない。アニメキャラが小さな鼻をもとめるのは、アニメの大きな目を強調するために対照的に小さくしているというバランスもあるのだろう。外国人は高すぎる鼻を低く整形しているようだし、バランスに関係する美的経験によって形成された、または、生得的な美的感覚の問題かもしれない。
○美容整形で目を大きくするのも、アニメキャラと同じで萌え要素の誇張である。化粧もアニメの色塗りみたいなものだ。現実とアニメがボーダーレス化してきている。
○また、変なのが「ネコ耳」という萌え要素だ。ネコ科の動物への連想が働くようだが、それが「かわいい」につながるプロセスがよく自覚できない。確かにかわいいかどうかというと、かわいいような気がする。なんか変で笑えるところもポイントなのか。ネコの擬人化ともみれる。絵本の中の空想の世界のような存在で、幼児的な全能感につながっているようだ。
○「メイド服」という萌え要素もいまいちわからないが、これは、はやりのファッションと考えればよいのか。一部でつくられたブームのような気がするが、これは、定型サービスのひとつだと思えばよいだろうか。うどんにてんぷらをのせたり卵をのせたりするような定型サービスの一種。メイドには、従順さのイメージもあるらしいが。
○言ってることがぐだぐだ、意味不明になってきた。何に萌えるかは人それぞれで、理解できない萌え要素もたくさんあるから。
○「萌え」が、いやがられるのは、ものを対象とするオナニー状態だからだろう。そもそもかわいいという感情は子育てのため、性欲は子供をつくるためのもので、それにより快感や達成感を得るのが健全だ。だから、萌えは弁護しにくいが、栄養をとるための食事から、栄養より見かけや味をきそう食文化ができてきたことを考えればよい。本来の目的、萌えの起源である人類保存という目的は、そもそも日常で常に必要なものではなく、不必要なことも多い。そこから萌え文化ができたと思えば、不必要なことがなくなり、その分、生活が豊かになったわけだ。
○萌え絵は昔からあるが、ちがうのは、萌え絵のデザイン・パターンが確立してきたことかも。こう描くとかわいく見えるという技術が発達した。